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脱原発

原発再稼働は、
科学が、実行可能な安全基準を満たしたと認めるまで待つべきと言う議論は、
多分、妥当でしょう。
勿論、その間、電力不足の為死ぬ人もあり得べしと言う別途の不条理も、
意識して、耐え忍ばねばならないかも知れませんがーーーー。

しかし、
将来的には、原発を全廃すべきと言う事が既定の方向であるような姿勢は、
過早で、ややヒステリックにさえ思えます。

人間の歴史は、
人間の知恵が、
自然をコントロールとまでは言えないまでも、
自然と何とか折り合いをつけてきた歴史だと認識します。

これは、エネルギーの不足とか、周辺住民の雇用と言ったお話とは全く別の問題です。

原子力を、自然の中に存在する、自然現象の一つと考え、
これと、一層うまく折り合いをつけられないものか、
尚、知恵を絞ってみようと言う発想が、
科学技術立国を自認するこの日本で、
何故、一欠片さえ無いのかを不思議に思う訳です。

今、原発の危険は、
震度8, 35mの津波と言うことのようですが
こんな脅威に、
日本の社会はどのように耐えようとしているのか?
行政は、どの様に対処しようとしているのか?
私には、
荒廃極まる土地に、
1人、バベルの塔の如くそびえ立つ
原発。
そんな風景が浮かびます。

人は、
たかだか数日の利便のため、自然の摂理に逆らって、空を飛び始めました。
この航空機なるものの為、何人の人が命を落としたでしょう?
人間社会では、危険も安全も、
須らく相対的なのです。

原発ならぬ原爆が、人間の争いの為に用意されています。
原子力をコントロールしようと言う意志を、
今、放棄して、本当に悔は無いでしょうか?

問題は、
物事に対峙する、
今時の日本人の、
腹と腰の軽さの問題の様に思うのです。

鳩菅時代以降、日本は特別におかしくなったように思います。

橋下知事の再稼働反対論にも、疑念があります。
電力不足は、酷暑時の何日かのうちの何時間だけだと言います。
ピークを均せば問題なしとーーー
でも、昨年、東電管内では、
真夏の何日間、朝六時から夜の九時まで、地域別に停電しました。
真昼間のピークだけカットすれば良いなら、
早朝や夜間まで停電する必要はなかった訳です。
これも東電の陰謀だったのでしょうか?
あるいは、まるで馬鹿だったのか。

原発停止による電力不足の不便を敢えて耐え忍ぶと答えた人;77%。
福井あたりの世論調査だそうです。
だから問題無しで良いですか?
私は、23%に致命傷があるかも知れないと思うのですがーーー。

0021

知恵と勇気の文殊菩薩

追伸。
民主党のやることは、ホント判らない。
曖昧な理屈で、国民から徴収した税金を、
自分の金みたいに気安くばらまく。

5月5日の読売。
「原発交付金、再稼働なしでも減額せず。」
法的根拠は、
「安全上の理由で稼働させない場合は、発電量実績の81%の交付金を支払う」
と言う見做し規定だとか、
該当する原発は50基全部。
10年度の原発可動率は67,3%、
50基100%の可動率で支払うに付き、
本規定による交付金は停止前(全交付金1110億中の206億)より増加するそうだ。

要するに、
民主党政府は、
自ら安全上問題があると認めた原発を稼働させるために、
金をばらまく。
ケチな陰謀?

ところで、脱原発の暁には、
原発の残骸に交付金、永劫。
この理屈とどう違う?

0028


秦山王の裁き

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