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君が代起立命令合憲

「国歌に起立すべしとの命令は、個人の思想、良心の自由を間接的に制約するが、
公立校の教員と言う身分、並びに卒業式と言う時と場所から、
この制約は憲法上許容される。」
最高裁の判決は、至極当たり前の常識なのでしょう。

が、
処罰の軽重は考慮されねばならないとか、
国歌国旗が強制されるのでなく、
自発的な敬愛の対象となるような環境を整える努力を求めるといった補足的意見を眺めていると、
この判決文、
いささか回りくどくて、歯切れが悪い。

この丁寧な回りくどさが、
実は、
わが国の実像の反映なのでしょう。
それが、相当に、情けない。

特定の職責に有る者、
時により、場所により、
自身の嗜好や行動を制約されるのは、
法による不公正な強制という以前の、
しきたりであり常識でしょう。

例えば、
国で一番の総理大臣と言えども、
さる国が嫌いだといって、
その国の国旗、国歌に対し、
起立せざるを得ない時と場所があるのは当たり前なんですね。

それを思想良心に対する強制と考えるか否かは、
御本人が普通の大人になっているか、
いないかと言うだけのことと思うのです。

未だ、大人になって無い人物を、
成長期に有る子らの教育者としては不適当として、
戒告し、
再任用を拒否することが、
重い処罰となる筈も無いと思うのですが?

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コメント

我が国の序列体制の美しさは、教育勅語の中で語られている。

我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそわが国体の誉れであり、教育の根源もまたその中にあります。
(我カ臣民克ク忠ニ克孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス: ワがシンミン ヨくチュウに ヨくコウに オクチョウココロをイツにして ヨヨソのビをナせるは コれワがコクタイのセイカにして キョウイクのエンゲン マタジツにココにソンす )


忠:  主君に専心つくそうとするまごころ。
孝:  よく父母に仕える。父母を大切にする。
国体:  主権のありかたにより区別される国家の形態


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年6月 1日 (水曜日) 09時12分

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