« 男系論  正論別冊14号 | トップページ | 前原大臣の献金 »

庶民の天皇勘

昨日の続きです。
もの知らずのやまカン的天皇勘。

男系論にしろ女系容認論にしろ、
議論の底流には、結局、
この国にあって、天皇とは?その価値とは?
と言う思念があるように思います。

万世一系とは、男系の血統が続く、唯一の家系であると言うだけなら、
他にその様な家系の無い事を証明しない限り、
万世一系は他にも有りそうではないかと言う疑心暗鬼を生む筈です。
早い話が、今話題の伏見宮家は、当然にしても、
我が家系は、業平に連なると言っていた人も知ってます。

この疑心暗鬼は、真の価値にとっては極めて不都合なのです。

天皇とは何であったか?
ヤマ勘にしても、庶民には重過ぎますが、
歴史を紐解けば、そこには、必ず天皇がおられる。
つまり、天皇は、連綿と、歴史の体現者であったという感覚です。

一介の庶民にとっては、それを以て、十分納得なのですが、
敢えて、その理由につき、思い巡らせば、
(唯物史観的言い方で恐縮ですが)
天皇は、
時に権力の中枢として、時に権力の思想的中枢として、
統治に関る位置におられた。
つまり、歴史を作る位置におられた。

一の家系で統治に関り続けられたことは、世界史的に希有の事でしょう。

何故か?

(ここから先は、いい加減です)

建国の祖であったこと。

そして、わが国にとって幸せだったことに、
爾来、(可なり長い間)統治者として、慈悲深く誠実で有能だった(かも知れません)。
それは、時折紛れ込む、暴力や残忍を覆い尽くしても余るほどに。

北畠親房は、「正当は、種なり。」と言いつつ徳にも触れ、
不徳の系は絶え、種を同じうする別系に移行したと言ったそうです。
後に、ならば何故、親房は南朝を正統としたか?
と言うことになった挙句、

本居宣長は「正当は、種のみ」と喝破したとか。

君に徳は不要なりとは、本当に正当なのか?

男系論の基本理念はここにあるようですが、
庶民には理解の埒外なのです。
(余分ですが、宣長が、種は男子のみを通じて継承されると言ったかどうかは書いてありませんでした。)

だから、
時に不徳が、祖霊の徳を費消したとしても、
再び神武天皇のDNAが、徳を顕し、
総体として大らかに、慈悲深く有能だった。
    
   ? ? ?
     
このロマンは、後々も為政者が利用するに、十分過ぎるほど、国に根づいたものだった(?)

新生明治政府がどのようにこのロマンを活用しょうとしたのか?
その為に、それまでの伝統
(伝統は変わらないと言われますから、しきたりと言い直しますが、)
を変更したか?

意地悪爺さん的興味はあります。

以上、
国は、
生物学に非ず、
一般意思であろうが、時の全体意思であろうが、
想念を除いては立たずと考えるからです。

5_2

|

« 男系論  正論別冊14号 | トップページ | 前原大臣の献金 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 庶民の天皇勘:

« 男系論  正論別冊14号 | トップページ | 前原大臣の献金 »