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岩倉具視

岩倉具視  言葉の皮を剥ぎながら 永井路子。

イヤ、 ホント? と言おうか
吃驚眼から鱗、と言うべきか。
身ぐるみ剥がれた言葉が物語る明治維新の実像、
今、永田町で、誰方がやってる政権争いの手管と同じ。
歴史認識と言うようなモンじゃなく、現代政治考と言うべきものでした。

尤も、剥ぎ取られる程の言葉もない誰方達とは大分違うようではあります。
永田町の皆様には、一読をお勧めします。
「何だ、俺達だけじゃないじゃない!」と、安心できるカモ。

もう一つの読後感。
権力に群がる人々の、使命観もそこそこに多くない思惑が創造した明治維新を描く本文と、その人達の子や孫の颯爽たる生き方を描くあとがきとの落差にチョット困惑。

現実の人間との交流から生まれる感慨と史料を漁る歴史物語の落差でしょうか?
つまり、どんなに人間を意識しても、描かれる歴史の感性には限界がある。
しかも歴史の流れは、主役と意識した個々の人間達のささやかな思惑によって動くそうですから。

行政官の承認人事?
国会に仕事を作ってやるだけの、こんな形式辞めるべきです。
議院内閣制とは公務員の任免を含む、行政の総体についての責任でしょう?

個々の人事の結果について、国会はどうやって責任を取れますか?
責任なければ権限無しです。

今の騒動見ていて、気がつきました。
国会と言う機関、責任の所在も、責任の質量もまるで不明瞭な、皆で渡れば怖くないと言う程度で、好き勝手してる代物だと。

矢祭町のこと、検討しては?

鱓謹白。

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