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戦う操縦士、サンテグジュペリ

お知らせ頂いた岺山氏に、先ずお礼申し上げます。

早速購読しましたが、何か違和感がありました。
私の記憶している「戦う操縦士」と微妙に違うのです。

例えば、うろ覚えではありますが、
「火中の息子を救うために死んだ、火ぶくれの死体の醜さに於いて誰がその父を非難しよう。
人は、その行動に、眩いばかりに表れた犠牲に於いてのみ評価する。」

「この世には、命より重大な価値が、確かに存在する。
生命など少しも重要ではない。」

「絆こそが重要だ。
人間は絆の化石だ。国とか家に絆を持たない人間の存在は塵のようなものだ。」

「泥人形に真人間の風が吹いて、人は人間になる。」

そんな言葉は、何処にも無いのです。

私の記憶は、確か「大伽藍」ですが、この本では、「伽藍」でした。

私の記憶違いでしょうか?
それとも、もう一つの堀口大学の訳本がある?
20歳の頃の私を、ある方角に突き動かした、もう一つの「戦う操縦士」?

今の世相に関連してテグジュぺリの独白を、少しだけ紹介したく思います。

「人は、麦畑を通じて、暖炉に飾った古い家具を通じてこの国に繋がっている。
僕は、彼等とパンを分け合う一夜の夕食を通じて国と繋がっている。
その様にして人は存在できる。
人間には絆こそが重要だ、人間は絆の固まりだ。」

テグジュぺリはその為に戦うのでしょう。

「その故に、誰もが無駄と承知している司令部の命令さえも四博士の星のように未来を指し示す。戦争では、司令部は命令を出すものなのだ。」

「今の敗北がどんなに自分の屈辱であるとしても、僕は、この敗北の連帯責任を絶とうとは思わない。
僕はフランスの一員だ。フランスは多くのパスツールたちを、多くのルノアールたちを、多くのパスカルたちを生んだ。
フランスは又、多くの無能力者を、政治屋を、ペテン師を生んだ。
ただ僕にはその一方との脈絡は認めるが他方との脈絡は否認すると言うのはあまりに安易に過ぎるように思われる。」

「皆で敗れたのだ。僕が敗れたのだ。オシュデが敗れたのだ。」

「僕がもし自分の家のために屈辱を甘受する心算なら、僕は自分の家に向かって働きかけることも出来る筈だ。そうなると家は、僕のものであり、僕は家のものなのだ。
僕がもし屈辱を拒むとなると、家はめちゃくちゃに崩壊してしまう筈だ。
そして僕ただ一人が意気揚々と闊歩する。死んだもの以上に無益なものと化して。」

「各自にのみ責任がある。各自にだけ全人員の責任がある。」

満州以降の戦争「責任」とやらを、僅か二十余名の日本人に被せて、ただ一人意気揚々と闊歩する、性根の怪しげな評論家は脇に於いても、
「大」のつく様な何処ぞの新聞には是非とも言いたい。
「そのとき、君らは何をしていたか?」

しかも、その二十余名は、自ら、好むと好まざるとに関わらず、そうすべき立場におかれ、それを栄誉としたかどうかは知らないが、其処から決して逃げ出そうとはしなかった日本人なのです。

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コメント

追伸
伽藍か大伽藍かの意味は、堀口バージョンがらみです。
最初お目にかかった堀口訳は「大伽藍」と書かれていたと記憶しますが、今回入手したものは、ナント、「伽藍」になっているのです。

投稿: 剣睛山 | 2008年1月21日 (月曜日) 20時46分

岺山兄
戦う操縦士お読みになったそうですね!
みすず書房山崎庸一郎訳は、私も持っていますが、
堀口訳と内容は、勿論同じですが、言葉は大分違います。
私は、サンテグジュペリを、詩人だと思っていますが、その点、堀口訳が、私には、胸を打つものがあったのかも知れません。
新たな発見があれば又お教えください。

投稿: 剣睛山 | 2008年1月21日 (月曜日) 20時37分

伽藍と大伽藍について

先日勤務先近くの図書館に行き「戦う操縦士」を検索したら、残念ながらみすず書房の山崎庸一郎翻訳のものしかありませんでした。

どんな内容かざっと目を通した程度ですから違っているかもしれませんが、伽藍も大伽藍もなく、多分同意語としての「大聖堂」という文字が目に付きました。

伽藍は梵語のようですから、フランスでのことを考えると「大聖堂」の方があっているように感じます。
ここからだけ見ますと、日本では教会より寺の法が馴染み深いでしょうから、堀口大学は意訳をし、山崎庸一郎は直訳したのかなと感じます。

伽藍は辞書によっては「寺の大きな建物」と言うような記載があります。
この点についてはあまりこだわる意味がないように思いますがいかがでしょう?

その他については、新潮社版を含めて読む機会があったらコメントしたいと思います。

投稿: 川上 岺山 | 2008年1月20日 (日曜日) 23時56分

岺山兄、再度のお教え感謝します。
さすがの調査能力にも脱帽です。
初めて出会ったサンテグジュペリは、間違いなく堀口大学訳「戦う操縦士」でした。
昭和31年頃でした、他に堀口大学翻訳の「夜間飛行」「人間の土地」も持っていますが、それが新潮社版ですので、「操縦士」も新潮社だと思い込んでいましたが、あるいはそれ以前に出版されていた他社のものだったかも知れません。
然しお説の通り出版社が変わったからといって、訳本の中味が変わる筈はありませんよね。
又仰るとおり、後書きに、原本にない文章が、原本そのもののスタイルで書かれるとは思えませんし、
さりとて、私が創作できる筈もありません。
今、思い出しましたが、入隊直後2術校に配属された折、浜松の図書館で読書感想文のコンテストがあり、応募したことがあります。
若気の至りで、当時の反戦平和の風潮に喝を入れてやろうと「戦う操縦士」をテーマにしました。
私は、サンテックスのモノログを忠実にコピーしたにも拘らず、
威勢の良い審査員から、「感動的な文章がちりばめられている。原本にあるのかと思って、原本を読み直したが、原本には無かった、筆者の素晴らしい独創に感服。」
とえらく褒められましたが、そんな筈ありません。
やはり堀口ヴァージョンに2つあるのでは?(ガンコですネ!)
もしかしたら、今回入手した本を、懐かしさのあまり一気読みした為、読み落としたのかも?
有得ないと思いますが、もう一度精読します。
兄もお読みになりたいとか、
今は、どちらかと言うと「夜間飛行」に惹かれます。
兎にも角にも、多謝。

投稿: 剣睛山 | 2008年1月13日 (日曜日) 22時05分

早速購入されたのに違和感があるとのこと、残念なことでした。

それにしても、うる覚えと言いつつ内容をよく記憶されていることに感心いたしました。それだけ感銘を受けたということでしょうか。

私など、サン・テクジュペリについては(いつか教科書で作品の断片位には出会ったように思いますが全く記憶がありません)星の王子様の作者、航空機で行方不明になったことくらいしか知りませんでした。

それだけのの作品ならと興味が沸いてきた(是非読んでみたいとも思います)ので更に調べてみました。

堀口大学コレクションある長岡市立中央図書館の資料によると、戦う操縦士は、昭和20年に河出書房、昭和26年に三笠書房、さらに昭和31年に新潮社から出版(その後再販)されていますが、河出書房版と新潮社版では”あとがき”が違うようです。全くないという内容は”あとがき”の内容にはそぐわないようにも思いますが、もしかしたら”あとがき”に書かれていた内容かも知れません。

知り合いの書店関係の仕事をしていた方によると、同じ訳者の本が出版社が変ったからといって本文が変わるということはないのではとのことでした。

20歳の頃読まれた出版社と購入された出版社は同じですか?

投稿: 川上 岺山 | 2008年1月13日 (日曜日) 01時25分

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